「“作業をマニュアル化しないで思想をマニュアル化する”ってね、このあいだテレビ番組の『カンブリア宮殿』で言ったんだけど、あれは別にずっと思ってた言葉じゃなくて、あのとき思いつきで話したんだよ(笑) でも、うまいこと言ったよね」
そう気さくに話すのは、すかいらーく創業者の1人で、カフェチェーン・高倉町珈琲会長の横川竟(よこかわ ・きわむ)氏だ。この取材テーマは“考え抜く”だが、横川氏は「僕は何も考えてないよ」と何度も言っては大きく笑った。
何も考えずに経営ができるものなのだろうか? そんな疑問を持ちながら話を聞いていくと、自分だけで考えるよりももっと大切なことがあるということがわかった。
現在82歳。家計を助けるために9歳から働き始め、社会に出て73年目。桜が綺麗に見える高倉町珈琲の事務所で、2時間ノンストップでパワフルに語った。その後編記事です。
この記事のポイント
- 時代が変わっても思想は変わらない
- 考え抜くきっかけは病気のタイミング
- 思想から生き方を考えよう

思想をマニュアル化せよ
“作業をマニュアル化しないで思想をマニュアル化する”というのも、時代の変化が背景にあるのでしょうか。
そうです。時代が変わっても変わらない価値は何だろう? という点から思いつきました。
すかいらーくが作った作業マニュアルは、日本の外食産業のマニュアルのベースになりました。しかし、時が経つにつれ、作業マニュアルが陳腐化してきたのです。
なぜかというと、人々の生活は時代と共に変わっていったからです。生活が変わると求めることも変わります。今の若者とバブル期の若者を比較すると「求めているものが違う」というのがイメージしやすいのではないでしょうか。
お客さんの求めることは変わっているのに、作業マニュアルは変わらない。そうするとどうなるか。満足してもらえなくなる。
でも「お客さんに何を提供したいか」という思想は、時代が変わっても変える必要はありません。
「おいしい、ありがとう、と言ってもらいたい」とか「身体にいいものを食べてほしい」とか「家族で楽しい時間を過ごしてもらいたい」とか、そういうのが思想です。その思想を社員全員が持っていると、時代が変わってもお客さんに満足してもらえます。
こういう背景があったので、作業ではなく思想をマニュアル化せよ、という言葉になりました。
これは飲食業界だけではなく、どの業界どのビジネスでも本質だと思いますよ。
挫折があるのはいい人生
——これまでの人生で、徹底的に考え抜いた時期はありますか?
病気をしたときです。
築地で働く前には盲腸と同時に大腸の病気になり、寝たきりになりました。将来のことをじっくり考えるターニングポイントになったと思います。それがきっかけで「食品で働こう」と思い築地に行ったんです。
また、築地で働いている時は、過労でヘルニアになりしばらく働けなくなりました。当時「口うるさいなあ」と思っていた築地のおやじさんが、僕のために部屋を借りてくれたんです。その時初めておやじさんの優しさに気づきました。
でも病気が治ると小売業にスカウトされてしまったんです。世話になったおやじさんのもとを去るか、このまま残るか。病気をして初めてわかった本当の親切にものすごく悩みました。
後にも先にもあの時期ほど眠れなかったことはないです。結局、独立したいという夢を叶えるため、小売業に進むことを決めました。
人間、人生を変えるほど考え抜くきっかけは限られています。大きな病気とか離婚など、挫折した時だけです。
順調な人生を送ってる人はつまらない、順調な人はたいしたことができないと思ってます(笑)だからこそ、挫折して苦しい人もそこから光を見つけてほしいですね。
生き方を決めなさい
——最後に、影響を受けた人を教えてください。
人生の考え方は実の親父、商売は築地のおやじさん、経営は本田宗一郎さんです。
実の親父と築地のおやじさんの話はすでにしましたね。本田宗一郎さんこそ経営において思想を大切にした人です。
「みんなのために会社があるんだ」という考え方をしていたので、海外進出後、利益が出ても日本ではなく、働いてくれた現地で恩返しをするということをしました。
だから他企業に比べてホンダの海外進出が進んだんです。思想がもたらした結果です。
思想は人生そのもの、生き方です。
売るものや売り方は時代と共に変えても、生き方は変わりません。だからこそ、成功したいと思ったらまずは生き方を決めることが大切です。

[ライター:桜口アサミ]
プロフィール
インタビュイー
横川 竟(よこかわ・きわむ)氏

1937年長野県生まれ。17歳で築地の食品問屋に入り、以後65年間「食」の仕事に関わる。
1970年兄弟でファミリーレストラン「すかいらーく」を創業、1980年コーヒーショップ「ジョナサン」オープン、2013年心の休憩所「高倉町珈琲」を創業。
「売れて・喜ばれて・儲かる」のが商売。
Photo @Tomoaki Miyata
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