「未来を見通し、人を見る」東芝 元副社長 森本氏が語る、考え抜くために大切なこと(後編)

東芝のマレーシア半導体会社社長時代に、時代の先を読む施策でわずか2年の間にキャッシュフローを100億円に増やした森本泰生(もりもと・やすお) 氏。その後は、電子部品国際欧州部長、アジア総代表を歴任したのち、やがて東芝副社長に就任した。退社後の現在もビジネスブレークスルー大学の名誉教授として、ビジネスの最前線を見続けている。

日本の高度経済成長の一翼を担った森本氏に、長年の経験から培った、考え抜くために必要な要素を聞いた−−。

この記事のポイント

  1. まずは人を見る
  2. 「省く」力と、人に任せる大切さ
  3. 風を読み、風に乗る

人を見ることが成果を生む秘訣

マレーシア支社長に就任後数々の改革を行ってきた森本さんですが、大事にしていたのはどのようなことでしょうか?

人を見ることですね。「現場で働く人はどんな人か?」「作業のレベルは?」「部下は?」。とにかくまず人を把握することに努めました。

人の理解が上手くいかないと、お互いの要求がわからないし限界もわからない。人を見るとどのようなレベルの要求をするべきかが明確になります。人を知ることは、マネジメントや生産の計画を立てるために非常に重要なのです。

そのため、私は着任後すぐに、会社の人事や財務、工場運営などすべての業務に関与して、自らが社員の行う業務を理解しようとしました。そのうえで、毎日現場に出勤して、言葉が通じなくとも工場の作業員と常にコミュニケーションを取るようにしていました。

人が把握できたら、あとは、その人に合った権限を与えて任せるだけなのです。正しいフィールドさえ提供できれば、人は自然と場にあった活躍をしてくれます。そうなれば、こちらは淡々とこなすだけでも成果が出ていきますからね。

任せるのは勇気のいることだと思いますが、万が一結果が出なかった場合はどうしていますか?

その際は、配置転換も考慮します。不向きな仕事をさせ続けることは、人材という貴重な資源を無駄にしてしまう行為です。人の本質を見ず、機械的に配置することは、活躍の機会を奪うことであり会社の罪だと考えています。残念ながら今の日本の大手企業は、そういった会社も多いのかも知れません。

マレーシア時代に人から学んだことはありますか?

当時、マレーシアの工場の日本人は6人のみ。役職者のほとんどはインド人か中国人でした。そして残りの6割くらいがマレー人といった具合です。そうした中で中国人の商魂のたくましさに驚かされました。ただ指示通り働くだけでなく、稼いでやろうという気質や行動力が、他国の人と比べて突き抜けている。これは衝撃でした。こうした経験はこれまでなく、数多くの外国の方と職場をともにできたのは貴重でしたね。

また、日本人の技術者のマネジメント方法も印象的でした。姫路の工場から出向していた技術者がいたのですが、役職者の中で誰よりもローカルのメンバーとコミュニケーションを取っていました。毎日声をかけ、ときにはともに旅行に行くことも。そうなると、自然に人はついて来るのですよね。信頼を得た上で、現場で技術を教えると、工場の技術が底上げされる。これも学ばされたことのひとつです。

痛みを伴う改革は、一気に実行

その他に仕事をする上で、大事にしていることはありますか?

「省く」ことですね。細部までこだわるとキリがありません。状況に応じてやらないことを決めるのは非常に大事なことです。

マレーシアの任期を終えて欧州やアジアを転々としていた後総合企画部長に就任しました、東芝ではカンパニー制が導入され、1999年に私は初代セミコンダクター社の社長に就任しました。役職者約300人を集めて新旧責任者交代式がありました。前任の責任者は私をとても運の強い人と紹介しました。その意味は半導体技術者プロパーでない責任者は今までいなかったのと総合企画部という外部からの登用に不満があったからかもしれません。しかし私は運が強いことはツキがある男と解釈しました。運という漢字は軍が走るという意味で戦わなければ運はこないという意味と考えました。そこで私の就任挨拶で”このカンパニーは既につぶれた会社であるから思い切った改革が必要だ“といいました。なぜなら当時、セミコンダクター社は大赤字で、その上に抱えていた不良在庫は400億円分にものぼります。

在庫を売ればキャッシュは生まれるが、売れば売るほど赤字になるという、まさに自転車操業状態でした。そこで、400億円の不良在庫をすべて廃棄処分し、赤字を生む戦略を取った経営陣も一部はリプレイスしました。

半導体事業のように多額の設備投資故に固定費の重たい事業は工場の稼働率というプレッシャーを常に感じていますが、軟調な市況の中ではさらに売れない在庫を抱えることになる。この状況を続けてもいいことはありません。痛みを伴う改革は思い切って一気に実行し、早く結果を出す方がいい。加えて在庫のみならず、誤った判断にいたった原因ごと「省く」ことを実施したのです。

結果として、その年には700億円の赤字が出ましたが、翌年には1200億円の黒字を生むことができました。その年は世界半導体売上高順位でインテルを抜いて1位にもなりました。そしてその3年後、今度は4000億円の売り上げ規模を待つDRAM事業を赤字故に売却し自社開発のフラッシュメモリーに集中しましたが当初は当然売り上げもランキングも落ち込みました。

この経験から、自分が管理する組織においては、たとえ今期は赤字になってしまっても来期で一気に取り戻そうと考えられるような風通しの良いおおらかな組織風土を維持することは必要不可欠です。

また、やめるという決断になかなか踏み出せない人もいますが、その結果、さらに大きな失敗を生むことにもなりかねません。こだわる部分と、省く部分を明確に決めることは、仕事を円滑に進める上でとても大事だと思っています。

[ライター:井澤梓

[前編の記事はこちら]

プロフィール

インタビュイー

森本 泰生(もりもと・やすお)氏


東京工業大学経営工学科卒業、コーネル大学エンジニアリング科修士課程修了(Master of Science)卒業。 1963年、東芝入社。セミコンダクター・カンパニー初代社長(社内分社)、東芝代表取締役副社長を歴任後、APEC(アジア太平洋経済協力機構)ビジネス諮問委員会日本委員(2009~2011)などを務める

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