伊東豊雄(いとう・とよお)氏

伊東豊雄が考え抜く「みんなと共有する建築」(前編)―伊東豊雄氏インタビュー

建築界のノーベル賞といわれるプリツカー建築賞を受賞し、世界で活躍し続ける伊東豊雄さん。独立時に構えた建築設計事務所は来年で開所50周年を迎える。目下、大手ゼネコンと共に設計を手掛けた東京・原宿駅前の複合施設「WITH HARAJUKU(ウィズ原宿)」がオープンし、伝統と流行が交わる街の新たなランドスケープシンボルとなっている。

今回の取材では、90年代に公共建築の概念を覆した「せんだいメディアテーク」や、2020年8月5日発売の自選作品集『身体で建築を考える』制作の裏話など、「共有」と「反骨」の精神から生まれる“考え抜く力”の秘密を探った。

この記事のポイント

  1. クリエイティブとは、発展して変化していくこと
  2. 組織で考え抜くためには、リーダーのビジョンをみんなで共有すること

個人ではなく、組織で考え抜く

伊東さんが「考え抜く」ために、実践されていることはありますか。

僕が一人で考え抜くわけではないんですが、建築について考える時には、みんなで考えるようにしています。考えるというのは、やっぱり話し合う、頻繁にコミュニケーションを取り合うことに尽きるような気がしているんです。

僕が仕事をするときに一番考えるのは、建築のアイデアを出す初期の段階です。若いスタッフからもこのときにやる気が一番伝わってきますから、みんなも考えていると思います。

うちの事務所では、どんな建築のプロジェクトでもだいたい最初にチームを組みます。そこでまず僕から「今回の建築は、こんなことがテーマになるんじゃないか」という考えを話すことから始まります。それに基づいて、各々のメンバーがアイデアを考えてきます。話し合いの中でよさそうなアイデアを選んで、翌日にはもう、それをベースにして模型を作ったり、スケッチを出し合います。さらに、それをベースにディスカッションを重ねて考え抜いていく。そういう時期が1ヵ月ほど続くんですね。

ですから我々のやり方では、建築の初期段階にどういう話し合いをするかで、その後の案がかなり変わっていくのです。

他の建築家のやり方と、かなり違うのではないですか。

そうかもしれません。建築家によっては、自分で描いたスケッチだけ渡して「これをつくっておいて」という人もいるみたいですけど(笑) 僕は、割と人の考えを受け入れるタイプなのですね。みんなと話し合う中で、思ってもみなかった方向に案が発展していくのが面白い。

こういうやり方だから、その時々のメンバーや条件に合わせて違った建築が生まれる。一人の人間から出てくるアイデアって限られるもので、ずっと一人で考えていると、どれだけ頭を使っても、そのうち毎回同じようなものになってしまうんじゃないでしょうか。

僕は進化していくというより、変化していって毎回違った発展を遂げることが、クリエイティブなことだと信じています。

話し合いが発展しすぎて、収拾がつかなくなることはありませんか?

それが不思議と、チーム全員がこれでいけそうだと思うような、決定的な案が出る瞬間ってあるんですね。

個人事務所を始めてから来年で50年になりますが、建築の初期段階はずっと、みんなと話し合いながら考えています。

組織で考えるコツは、リーダーがビジョンを共有すること

伊東先生の事務所は、多くの著名な建築家を輩出されていますよね。組織で考えるには、凄く考えている人と、そうでもない人とがいて、同じ熱量でみんなで考え抜くという雰囲気の醸成が難しいと思うのですが、何か意識されてることはありますか。

組織のみんなに、リーダーの思想や考えをしっかり共有できるかどうかにかかっていますね。先ほども言いましたが、建築の案をみんなで話し合う前に、まず僕は「この建築ではこういうテーマでこういうことをやりたい」という考えを話します。

そのテーマに沿って僕が具体案を出すと、それで決まってしまうことも多いので、スタッフはなんとか自分の案でやりたいと思って一生懸命考えて来るんです。朝のうちから僕の机に誰かの案がおいてあることもありました。

「考えを共有できること」がベースにあれば、議論ができます。逆に言えばメンバー全員が僕の思想を理解したうえで考えないと、ディスカッションができない。ベースの考えを理解できていない人は、案を練るのも難しいのではないでしょうか。

メンバー自ら考えを発しなければ、ビジョンの共有は難しい

リーダーが思想や考えを共有したとしても、それを相手の腑に落とすまでが難しいと思います。メンバーに理解してもらうための伝え方はありますか。

ときどき全員を集めて、僕の考えやこれからのビジョンを話します。でも、今のパンデミックのような状況では、大勢と対面することも難しいですよね。昔のように、みんなでパッと言葉の共有ができなくなってきているのは辛いところです。

先週は事務所で、「コロナ後の社会」をテーマにレクチャーをしました。僕の周りには7~8人、あとはオンラインで、3~4フロアに分かれて集まってもらいました。その日は、僕が今考えてることの集大成みたいな話をしたつもりだったんだけど、全然反応がなかったのです。それで僕が怒って(笑)

怒り狂って「僕はもう160キロくらいの熱投をしているのに、それに対してバッターボックスに立って、バット振ってくる気がいのあるやつはいないのか!お前らはベンチから見ているだけじゃないか!」と言って(笑)

さらに「ボールをベンチに向かって投げるぞ!」と続けた(笑)「こういうレクチャーを聞いたことで、明日の設計で何かが変わると思うか?」っていう、直球の質問ですね。そう訴えかけてやっと、ぼちぼち答えてくれましたが、大層な意見を言わなくたっていいんです。言葉にすることで、自分が何を理解していて何を理解できていないか、相手にも、自分でもわかるんじゃないですか。

ビジョンを伝えるのにも、双方向からの共有が必要なんですね。

昔は大きな製図版の上で作業していたので、日々事務所を歩いていれば机が見えて、スタッフが何を考えて、どういうことをしているかわかりました。でも今はコンピューターで、モニターに映るのは一部分だけですから、一人一人が何をやっているのか、もうよくわからないんです。

それでもディスカッションで自分の案を提案するときは、自分の考えてきたことを、みんながわかるように伝えなくちゃいけない。昔は意図せず共有できていた部分も、今ではわざわざ時間をとって、共有の場を設けなくてはならないんです。その共有の場で、自分の考えが人と違っていたり、自分の案が僕や上司の意見に逆らうことになったりしても、きちんと自分の考えていることを言葉にして伝えられるかどうか。自分の意見を言わない、素直なよい子ばかりではクリエイティブな提案は生まれません。

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プロフィール

インタビュイー

伊東豊雄(いとう・とよお)氏

1941年生まれ。主な作品に「せんだいメディアテーク」、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」、「台中国家歌劇院」(台湾)など。日本建築学会賞、ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、プリツカー建築賞など受賞。2011年に私塾「伊東建築塾」を設立。これからのまちや建築のあり方を考える場として様々な活動を行っている。

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