
2013年にワールド・エアポート・アワード*の「世界で最も清潔な空港部門」を受賞して以降、2020年には通算7度目となる同部門第1位に輝いた東京・羽田空港。*英国の航空業界専門格付会社SKYTRAX社が毎年実施している、国際空港評価
その清掃員として「NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」に出演し大反響をよんだ新津春子さんは、現在環境マイスターとして多くのスタッフを指導しながら、講演活動やテレビ出演、書籍の取材対応やYouTube配信まで、幅広く活躍されています。
新津さんが仕事へのモチベーションを高く保ち、素晴らしいパフォーマンスを発揮し続けてきた秘訣は、監修するハウスクリーニングのサービス名にも冠した「思う心」でした。
中編では「思う心」が、仕事にどんな影響をもたらすかをお伺いしました。
この記事のポイント
- 「モノを思う心」がサービスの満足度を上げる
- 「仕事を依頼する先の人を思う心」が業務を円滑化する
- 「自分を思う心」が目標達成のコツ
モノがあるから、仕事ができる
前編では3つの「思う心」について教えていただきました。新津さんが実際に仕事をする時は、「思う心」をどのように意識されていますか。
私は「人を思う心」よりも「モノを思う心」を大切にしています。
まずはモノがあって、それを人が使うから、私たちは仕事ができるのです。
「モノを思う心」は、それを使う人を思うことにも繋がってきます。モノを観察すれば人がそれをどんな風に使ったかがわかりますので、モノをじっくり観察するようになります。
椅子をよく観察しながら拭いていれば、普段と違う動きをすることに気づき、裏返して見るとねじが緩んでいると気づくかもしれません。
でも、上司はそこまで指示できませんよね。私たち一人一人が「モノを思う心」をもたなければ、お客様に怪我をさせてしまいかねない。素晴らしいサービスは、働く私たち一人一人のモノを思う心から始まります。
仕事を依頼する先の人を思う心
私は協力会社を管理するビルの管理会社に勤めていますが、管理者として「仕事を依頼する先の人を思う心」がなければ、信頼関係は築けないと思っています。
入社前に「うちは管理会社だから、協力会社をマネジメントできていればいい。清掃の知識はなくってもいいんだよ」と言われて耳を疑いました。
どんな仕事でも、リードをとるには知識が必要です。清掃の知識がなければ管理会社なんて名ばかりで、何か問題が起きたときに言い返すこともできませんし、余計なお金を払うことにもなりかねません。
そして、知識がある側は、仕事をお願いする相手が理解できるまで説明を怠らないことが大切です。
日本に来たばかりの頃、仕事の説明の中で理解できない言葉があったのですが、上司に尋ねると「わからなかった?うん、じゃあいいや」と言われたことがあります。説明を嫌がる上司は多いんです。要は、面倒くさいんですよね。
でも、部下が頑張ろう!と思った時に理解できないところがあると、今後もずっと同じところで立ち止まることになり、いつか頑張れなくなります。上司は「もういいや」なんて言葉を使わずに、部下が聞きたい全ての答えが出るまで、1つ1つ説明してあげてください。

最後に、相手を普段から観察して、知っておくことです。相手を知るには、実際に会ってお話しする中で、自分で一つ一つ確認しながら探っていきます。
私は、人づてに「この人良いよ」と言われても一切信用しません。面接をしに来た人でも、本人のいうことさえも信用しません(笑)。
相手の得意なことを知っていれば、いざというときに仕事を依頼できます。相手の苦手なところは、本人がヘルプを出す前に私の方から助けます。お互いに得意な仕事をすれば、時間も短縮できるし、効率が良いですよね。
自分のやりたいことは、必ず達成する
新津さんも、誰かにヘルプを出すことはありますか?
私は上司でも部下でも関係なく、自分の思いははっきり伝えます。それは、自分のやりたいことは、何としてでも絶対に達成したいから。今の若い人は、そういう思いで目標に向かって強く進んでいく気持ちが弱いと思います。
私は17歳で清掃のアルバイトを始めてから、毎回目標を定めて、ひとつ覚えたら次、次も覚えたらその次と、10社ほど転職をしてきました。その中で、日常・定期清掃、特別清掃に関する技術は全て覚えてしまったんです。そこで次は、専門的な知識を学べる学校へ行きたいと思っていました。
その時ちょうど、東京都立城南職業能力開発訓練センターの募集広告が目に入ったんです。よく読むと「45歳以上の募集」とあったんですが、その広告を持って、先生に直談判しに行きました。
やっぱり「何歳なの」と聞かれたんですが、当時私は23歳(笑)。当然、無理と言われましたが「私は勉強がしたいのに、どうしてダメなんですか?」と食い下がりました。すると「仕事を辞めないと入れないよ」と言われたので、すぐ会社へ電話して、仕事を辞めたんです。
入学できたんですか?
当時、なんと30人枠のうち帰国子女を5人まで入れても良いことになっていて、入学できたんです。運がいいでしょう?
運がいいというのは、日本空港テクノの恩師、鈴木常務に出会えたのも、学校へ入学できたからなんです。
卒業後は、所長や主任クラス以上で清掃会社へ就職するのが普通ですが、私は再び日常清掃の会社に戻るのは時間の無駄だと思っていました。担任の先生に相談すると「空港なら特殊な設備が多いから希望に合うんじゃない?鈴木先生は羽田空港に勤めているから聞いてみたら?」と教えてくれました。
しかし、鈴木先生へお願いに行くと「女性は採用してないんです」と言うんです。私は「女性だからという理由は、意味が分かりません。私は男性と同じ量・同じ重さの物を持てる自信があります」と言いました。私の育った中国では男女平等が当たり前だったので、なぜ「女性だから」いらないと言うのか、すぐには理解できなかったんです。
「それでもダメというのなら、わかりました。私は肩書はいらないので、アルバイトとして採用して勉強させてください」と頼みました。鈴木先生は「わかったわかった」と言っていましたが、次の日私のための求人票を持ってきてくれました。それで私は本当に、日本空港テクノへアルバイトとして入社しました。これが私の恩師、鈴木常務との出会いです。
後から聞くと「あんなことを言われたのは初めてだ」と言われました(笑)。決められたルールから外れていれば「いらない」のが当たり前なんですよね。
でも私には「これは上司には聞いちゃいけない」という考えはないので、誰にでも自分の思いをはっきり伝えます。「自分のやりたいこと」を達成するためなら、会社からの指示や、お金の条件などは一切関係ないと思っています。
自分が仕事をするうえで正しいと思ったら、例え社長と意見が合わなかったとしても、最後まで自分の考えを伝えます。私の中では、相手が誰かということは関係なくて、全員に対して同じ気持ちなんです。相手から理由を聞き納得するまでは、ダメだと言われても簡単に諦めません。
自分を知り、できないことは助けを求めることも必要
目標を達成するまで絶対にあきらめない性格ですが、逆に、自分の中でこれは能力の限界と思うことは一切やりません。
例えばパソコンは苦手です。検索して画面上にでてくる情報よりも、自分の五感で感じた感覚を大切にしているので、目に見えないものと、匂いのしないものは信用してないんです(笑)。少しなら入力はできるけど、パソコンはほとんど使いません。
できないことは完全にシャットアウトして、考えないんです。真似して勉強して、自分で出来るならいいですが、できないことは人にお願いします。できないことは「できない」とはっきり言えるように、自分を知るのはとても大切です。
人生で初めて業務レポートを書いた時も、すごく大変でした。
直属の赤岩部長に提出したら「意味が分からない」と言われてしまい、内容を説明すると、赤岩部長はそのまま鈴木常務に提出しちゃったんですね。レポートは社長にまで見せるものだったらしくて、真っ赤に全部直されて返ってきました。私のできる日本語ではそれが限界だったので、赤岩部長にお願いをすると、一個一個意味を聞いてくれて、それをきれいな日本語で全部書き出してくれました。それを書き写して、なんとか提出したんです。
今後もレポートを自分一人で作るのは難しいと分かっていたので、赤岩部長に「今後毎回、レポートを書くときはお願いします」と言いました。すると「俺があなたの日本語まで面倒見ないといけないの?」と言われて。「すみません。私の上司だよね?部下のできないことは、上司がカバーするのが仕事じゃないの?」って言い方をしたら、それ以来、書類作成の面倒を全部見てくれるようになりました。
周りの人たちが協力してくれて、私を育ててくれた
これは、鈴木常務が亡くなってから分かったことなのですが「新津を頼むね。理解できない言葉が多かったり、わからないこともたくさんあるから、面倒を見てあげてください」というようなことを、周りの方々へ引継ぎしてくれていたそうなんです。
赤岩部長もそうですが、私が講師を務めるビルメンテナンス協会の先生方など、たくさんの方から同じことを言われました。
常務から直接聞いたことはなかったのですが、周りの人たちが私のことを助けてくれて、成長できたのは、鈴木常務のおかげでもあったのだと思っています。鈴木常務に出会えたことは、私にとって本当に運がよかったことです。

プロフィール
インタビュイー
新津春子(にいつ・はるこ)氏

1970年残留日本人2世として中国瀋陽に生まれる。17歳のとき一家で来日して以来、清掃の仕事に従事。95年日本空港テクノに入社。97年当時最年少で全国ビルクリーニング技能競技会1位に輝く。同社唯一の「環境マイスター」として羽田空港で活躍。また空港で培った清掃品質を家庭に届ける同社のハウスクリーニング“思う心”を率いる。