私は、自ら進んで行動を変えたくなる「仕掛け」について研究する学問分野として「仕掛学」を提唱し、日々そのアイデア出しに取り組んでいます。
今回はそのような立場から、仕掛けの発想と考え抜くことの関連について述べたいと思います。
「仕掛け」とは、人の行動を変えて課題を解決する「意外なアイデア」のこと
まず仕掛けの発想について知ってもらうために、離れたところにあるものをつかむときに使う「マジックハンド」を使った街頭配布の事例を紹介します。
街頭配布にマジックハンドを使うというアイデアには、配布者と通行人に一定の距離が確保されることや、手渡しではないのでウイルスの媒介が予防できるといった利点があります。また、マジックハンドで配っていることが珍しく通行人の興味をひきやすいので、受け取ってくれる確率が上がることが期待できます。
実際に原宿でポケットティッシュの街頭配布を行い検証したところ、マジックハンドを使った街頭配布は、手配りした場合と比べて受け取ってくれる人の数が5.5倍になりました。
仕掛けを考える方法
この仕掛けは、あるテレビ番組から「新型コロナウイルス感染症の拡大によりチラシの街頭配布ができない状況を解決できる仕掛けはないか」と依頼があり、それに対して私が提案したものでした。依頼があったときにすぐにマジックハンドを使った街頭配布の仕掛けが思いついたのですが、これには伏線があります。
実は「マジックハンド」は仕掛けに使えそうだと数年前から目をつけており、私の研究室にはマジックハンドが3本常備されていました。しかし、マジックハンドを購入したものの具体的な用途までは考えていなかったので、落ちたものを拾うときに時々使っているだけでした。
研究室にはそのような「仕掛けに使えそうなもの」がゴロゴロ転がっています。使えそうと思う基準は、誰でも知っているもので説明しなくても使い方がわかること、使うとちょっと楽しい、の2点です。
そのような仕掛けのネタのストックがあったことが、すぐにアイデアが思いついた要因の一つだと思います。
この仕掛けでは「街頭配布」と「マジックハンド」を組み合わせましたが、他の仕掛けもほとんどが「ゴミ箱」と「バスケットゴール」、「自動手指消毒器」と「真実の口」のように、すでにあるものとの組み合わせからなっています。
ここでいう仕掛けは何らかの課題解決を目的としているので、組み合わせる片方のアイデア(街頭配布⇒より多く配りたい、ゴミ箱⇒ちゃんと入れてほしい、自動手指消毒⇒消毒してほしいなど)は課題そのものに紐づいた与件、つまりお題として与えられるものであるといえます。したがって、それに組み合わせるもう片方のアイデアが、仕掛学における「発想すべき対象」になります。
正論にとらわれない発想が、「自らやりたくなる」仕掛けを生む
私たちはつい真面目に考えてしまいますが、課題の多くは正論が通じないから問題になっているのであって、そのときに正論を繰り返すことはあまり得策とはいえません。
例えば先述のテレビ番組からの相談に対し、マスクと手袋を着用した街頭配布のアイデアではあまり効果がないでしょう。このようなときは、相手の興味をひいて行動したくなるような意外性のあるアイデアが求められます。
しかし、仕掛けのネタのストックが豊富にあったからといって、そこからアイデアがいつもすぐに頭に浮かんでくるわけではありません。考えても出ないときは出ないのですが、それはまだ準備が足りていないからです。
考え抜く中で点と点が結びつき、仕掛けが生まれる
私も考え続けていると頭が煮詰まってアイデアが堂々巡りしてしまい、新しいアイデアが何も出てこなくなることも多々あります。しかし、実はこの「いったん煮詰まった状態になる」ことが重要であると、経験的に感じています。
「Chance favors the prepared mind.」(「幸運は用意された心のみに宿る」という意味で、もともとはフランスの細菌学者ルイ・パスツールがフランス語で述べた)という言葉があります。
仕掛けのアイデアにも同じことがいえるのではないかと思います。考え続けるとそのことが頭から離れなくなり、何をしていても常に頭のどこかで考え続けているような状態になります。
このようなprepared mindな状態になると、情報への感度が高まるので、何をしていてもアイデアのヒントになりそうなものを目にしたときにすぐに気づくようになるのです。
Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズが2005年、スタンフォード大学の卒業式で述べた祝辞に“Connecting the dots”というフレーズが出てきます。人生で学んできたことは全て繋がるのだ、というメッセージですが、仕掛けを考えるときにも同じことがいえます。
仕掛けを考えるときに組み合わせるアイデアは、自分が過去に経験したことや知ったことに限られます。マジックハンドやバスケットゴールや真実の口をみて興味をそそられるのは、これまでの人生においてそれらに触れて何らかの楽しい経験をしてきたからです。
仕掛けを考えることは、そのような経験や仕掛けのネタのストックを課題にうまく繋げることであり、まさに“Connecting the dots”に他なりません。これこそが、すぐにマジックハンドを使った街頭配布の仕掛けを思いついたもう一つの要因だと思います。
深く考えてprepared mindの状態になり、仕掛けのネタのストックがconnecting the dotsを起こすことが、仕掛けを発想するときの「考え抜く」方法論になるのです。
プロフィール
本コラムの著者
松村 真宏(まつむら・なおひろ)氏
1998年大阪大学基礎工学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。2017年より大阪大学大学院経済学研究科教授。「仕掛学」を創始し、仕掛学の研究・実装・普及に従事。著書は『仕掛学』(東洋経済新報社)、『人を動かす「仕掛け」』(PHP研究所)、『しかけは世界を変える!!』(徳間書店)など。
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