ロジカル思考の限界(前編)

私が『考える技術・書く技術』(バーバラ・ミント著)を翻訳出版し、“ピラミッド原則”を紹介したのが1995年。その後、「新版 考える技術・書く技術」、「同ワークブック(上下巻)」、「入門 考える技術・書く技術」、「同スライド版」と幾つかの関連書籍を出版しました。以来、ピラミッド原則はいろいろの思考本でも紹介されていますので、読者の中にはご存じの方も多いと思います。というわけで、今日は、“ピラミッド原則”そのものではなく、ピラミッド原則と問題解決について、とりわけ、その限界について話してみることにします。

1.「ピラミッド原則」をビジネス上の問題解決に応用できる例

ピラミッド原則は文書作成やスライド作成などに用いるライティング手法の考え方です。ライティングの際には、ぼんやりかもしれませんが、既にある程度、頭の中に伝えたい考えが存在しているものです。ピラミッド原則は、この頭の中にあるモヤモヤとした考えをクリアなメッセージに変換し、説得力あるように構成するというロジカル思考法です。元々はライティングのための思考法ですが、問題解決にも応用することができます。

問題の定義

問題解決の最初のプロセスは“問題の定義”です。これは、ライティングでも問題解決でもまったく同じです。ライティングの出発点は「何を書くべきか」、正しくいえば、「何を書くことが(読み手から)求められているか」です。同様に、問題解決の出発点は「問題は何か」、つまり「何を解決しなければならないか」です。

実は、ライティングであれ、問題解決であれ、一番間違いやすいのがこの“問題の定義”の部分です。とりわけ問題解決では、問題状況が複雑になればなるほど、問題を正しく定義することが難しくなります。

ピラミッド原則の発案者バーバラ・ミント女史は、SCQ(Situation,Complication,Question)を用いて問題を定義することを提唱しました。状況(Situation)を観察し、その状況がどのような複雑化(Complication)を引き起こしているかを考え、その複雑化がどのような疑問(Question)を投げかけているかを明らかにします。問題解決においては、このSCQが問題の定義であり、このQuestionへの答えこそが今求められている解決策となります。

ただし実際にやってみると、そう簡単にはいきません。個人的な見解ですが、SCQは定義が広すぎるために若干やりにくい場合があります。実際、ほとんどの経営コンサルティング会社はライティング思考法としてピラミッド原則を採用しているのですが、このSCQの部分に関しては各社修正を加えているようです。

私は、SCQではなく、“今までの経緯+OPQ”を提案しています。まず状況を今までの経緯と今直面する問題状況に切り分けます。多くの人が過去と現在をごっちゃにしがちだからです。そのうえで、今直面する問題状況をObjective(目指すべき状況)、Problem(現状とObjectiveのギャップ)、そして、Question(解決すべき疑問)に切り分けます。オリジナルのSCQが幅広い状況をカバーしているのに対し、このやり方はビジネスなどの問題状況に絞り込んでいます。(図1参照)

図1_問題の定義

解決案の創出(仮説とトップダウン・アプローチ)

たとえば、Qが「なぜシステム・トラブルが頻出するのだろうか?」だったとします。次にやることは、このQへの仮の答えを思い浮かべることです。仮で構いません。もし、まったく答えが思い浮かばなかったら、仮の答えが思い浮かぶに足るだけの簡単な調査を行います。とにかく、なるべく早く仮の答えを設定します。

つぎに、この仮の答えが正しいとしたらどんなことがいえるだろうかと考えます。つまり、仮の答えの正しさを検証するための調査・分析作業を計画します。仮の答えの根拠探しです。この仮の答えを“仮説”とよび、この根拠探しを“仮説検証アプローチ”と呼びます。

もし予想と違う作業結果が出た場合、それに応じて、仮説を修正します。場合によっては、修正した仮説の検証作業が更に必要になります。これを繰り返すことによって、最初に設定した仮説の精度を高めていきます。もうお分かりのように、これはトップダウン型でピラミッドを作り上げる作業です。100%トップダウンとは言えませんが、トップダウンを意識します。(図2参照)

図2_仮説検証アプローチ

現代の問題解決は、この仮説検証アプローチが主流です。問題解決では、まず仮説(仮の答え)を立てて作業を始めます。何の答えも持たずに、答えに何の見当もつけずに、分析作業を始めてはなりません。そんなことをすると、作業に枠をはめることができなくなり、無駄な作業が発生します。つまり、仮説を設定することにより、仮説を検証するに足る必要十分な分野に作業をとどめようとしているのです。

ピラミッド原則と仮説検証アプローチは、問題解決において表裏一体と言えます。一般的な問題解決はこのやり方で大丈夫です。

2.問題解決における「ピラミッド原則」の限界

ロジカル思考の限界

しかしながら、問題解決においては、何が答えなのか、伝えるべき答えがまったく不明な段階で、すなわち仮説さえも立てることができない状況で考えをスタートしなければならないことがあります。

仮説とは今までの経験や知識から生まれるものです。したがって、今までの経験や知識が通用しない局面においては、ピラミッド原則や仮説検証アプローチはあまり上手くいかないのです。例えば、

  • 過去、何度も問題解決にトライしてきたけれども、一向に上手くいかない場合。この場合、おそらく問題の本質が従来のものとは異なるのです。今までの知識、経験、解決策には限界があります。
  • 経営方針が変更になり、あなたが関わっている事業が大幅な改革をもとめられるようになった。たとえば、売上を対前年比30%アップしなければならない、あるいは、利益率を30%改善しなければならないなど。この場合、発想の転換が必要になります。
  • ビジネスを取り巻く環境が劇的に変化している場合。当然、今までの経験や知識はあまり役に立ちません。とりわけ、あなたが業界のトップ・リーダーでいる場合、あなたの直面する問題は、あなたがあなた自身で解決を生み出さねばなりません。過去にも他社にも答えはありません。

さて、このような未知の問題状況に直面した時、どうやって対処すればよいのでしょうか。どうやって仮説を設定できるのでしょうか。

それでは、ちょっとした問題をやってみましょう。(解答は後編で)

問題:エレベータの待ち時間

あなたはホテルのオーナー兼支配人。ホテルを改装して増室しました。ところが、客からエレベータが来るのが遅いとの苦情がありました。構造上、エレベータを増やすことはできません。そこで、エレベータの速度を速くしようとしたのですが、出来ませんでした。あなたなら、どうやってこの問題を解決しますか?いくつか答えを出してみましょう。

[後編の記事はこちら]

プロフィール

本コラムの著者

山﨑康司(やまさき・こうじ)氏

経営コンサルタントを経て、現在は「ピラミッド原則」や「マーケティング戦略」などの教育活動に従事。著書に『入門 考える技術・書く技術』、『P&Gに見るECR革命』(ともにダイヤモンド社)、『オブジェクティブ&ゴール』(講談社)など。訳書に『新版 考える技術・書く技術』、『仕事ストレスで伸びる人の心理学』(ともにダイヤモンド社)など。ペンシルベニア大学ウォートンスクール卒(MBA)、東京大学工学部卒。

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