マスカットとカエル photo@shutterstock

Covid-19に始まる、DX(デジタルトランスフォーメーション)【前編】

Covid-19により「DX大ブーム」が起きる

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、最近とても注目されているキーワードですよね。スタートアップとDXは私の長年考えているテーマでもありますので、このコラムでは今一度「DX」について考え抜いてみようと思います。

先日、マイクロソフトCEO サティア・ナデラ氏の次の発言が注目を集めました。「Covid-19により、この2ヵ月で2年分のDXが起きた」。あらゆる業務をオンラインにシフトするDXが進んだ結果、同社の製品であるMicrosoft Teamsの利用者が1.5ヵ月で7割増えたことに対する発言です。

これは非常に象徴的な言葉で、私はこれから DX 大ブームが起きると思っています。もともと起きていたDXの波がさらに極端になり、一瞬にしてガクッと上がっていく。グラフにすると垂直といってもいいくらいに上がっています。

例えば米ゴールドジムは破綻しましたが、在宅フィットネスのスタートアップ、ペロトン・インタラクティブの最新四半期売り上げは、半年前と比べて2.3倍になりました。

リテール各社は営業自粛に追い込まれていますが、ECの流通総額はCovid-19以降、増加しています。我々の投資先にもEC企業は沢山ありますが、なかでもインドネシアのユニコーン企業は2.5倍です。そのほか、アメリカの電子署名の企業、Docusignの株価は2018年のIPO後上昇し続け、3倍以上になっています。

飲食業界ではテイクアウトの需要が高まりましたが、私の住むシンガポールではフードデリバリーも増えています。ここの窓から見ると、ピンクのフードパンダか、緑色のグラブフード、オレンジのハッピーフレッシュの自転車が町中を走り回っています。Covid-19の影響下でも元気なのは、DXの波に乗っている企業ばかりです。

これらは既存のビジネスモデルの置き換えですよね。リモート置き換え、テクノロジー置き換え、オンライン置き換えなど、ビジネスモデルでいうと実はけっこうシンプルだったりするんです。

Covid-19をきっかけに、これからはビジネスのトレンドがもうDX一色になるのではないでしょうか。

DXで伸びるスタートアップ「3つの軸」

既存ビジネスの置き換えではなく、課題解決の新しいアプローチとしてDXを用いたビジネスモデルは考え抜かれていると思います。

具体的には、以下の3つの要素を掛け合わせているビジネスモデルのことです。

  1. インターネットの外で(DX)。
  2. 社会問題解決。ソーシャルインパクト。
  3. 地方。新興国の、 モダナイズされていない場所。

1.について、インターネットの中の世界では、Googleのような企業はこの先、二度と地球上に生まれないと思っています。インターネット内の競争はGAFAの圧勝で勝負あった、これからはインターネット外で起こる新しいビジネスモデル、特にDXに注目しています。

2.3.について、社会問題解決型の地方向けビジネスに関して、DXはとても合理的です。

アジアの多くの国では地方と都市の間に格差があります。地方では、医療アクセスがない、教育アクセスがない、金融アクセスがないなど、様々な機会の不平等を抱えています。こうした問題の解決策としてDXがぴったり当てはまると、とても面白いビジネスモデルが生まれます。

ex.インドの医療ビジネス

例えば、インドにはリモート診断アプリを提供する「DocsApp」というスタートアップがありますが、トランザクションの約2/3は二級三級都市、またはそれ以下の地方です。

インドは世界的に見ても医療技術が大変発達した国ですが、良いお医者さんはムンバイやデリー、バンガロールなどの一級都市に集中しています。それに対しインドの人口は2/3が地方に分布しています。リモート診断を実現すれば、その需給ギャップを一発で解決できますよね。医療アクセス問題を解決する素晴らしいDXのビジネスモデルです。

患者だけでなく医者の方も、自分の生活圏から出ることなく、情報や医療機器が十分にある中で快適にオンラインで診察できます。

「どうしましたか。風邪ですね。お薬出しましょう」となればECで処方できますし、「ちょっと血を採っておいた方がいいですね」となれば、地方に住む患者さんに採血キットを送ります。日本に比べると法律がややワイルドなので、患者が自分で採った血を同封の返信用封筒で医者に送ります。すると、血液検査の結果が患者の手元のアプリに表示されるわけです。

これらのデータは蓄積され、「マイクロ保険」などに応用できます。アプリには問診履歴が残るので、例えば既往病も精神疾患もない若者には、保険料を安く設定できますよね。これらの情報をもとに利用者が適正価格で保険に入れるよう、「DocsApp」は保険会社と提携しています。

中国の同じようなビジネスモデル「ピン・アン・ヘルスケア・アンド・テクノロジー」で販売しているマイクロ保険は、今世界で一番売れている保険です。

日本で「リープフロッグ」が起きない理由

「DocsApp」の例はまさに「リープフロッグ」です。

辞書を引くと 「馬跳び」。段階を飛ばして成長していくという意味です。無医村にお医者さんが来て、その次にモダンな病院ができて・・・というステップを踏む前に、DXが起きて先進的なリモートシステムが根付き、地方の医療問題が一足飛びに解決していく現象です。医療格差の解決策として、無医村をなくそう、医者を地方へ連れて来ようと考えているうちは、リープフロッグは起きないでしょう。

日本では特に教育や医療の分野で、先述した3つの要素のうち「地方」に関わるビジネスが出てこない点に注目しています。アジアのスタートアップでは、地方問題解決型のビジネスは定石で、日々新たなサービスが生まれています。

しかし、例えば日本の医療系スタートアップを見ると、医者同士をネット上で繋げたり、看護師の人材紹介をしたりといったサービスにとどまっています。なぜでしょうか。

ちなみにインドでは人口の約1/3が都市、約2/3は地方に住んでいます。中国では約6割が都市で、約4割が地方。それに対し日本ではなんと9割以上が都市に住んでいます。ここでいう地方とは、農村や漁村といった田舎です。

課題解決型のビジネスは当然、実際に課題を抱えているところで起きやすいため、インドや中国のようなスタートアップが日本で生まれないのも当然と思われるかもしれません。

しかし、日本は世界に類を見ない「高齢化」の課題を抱えています。

世界中が高齢化社会に向かう中で、日本には高齢化社会の最先端という「実証実験の場」があるのです。高齢化問題に対するソリューションには、世界中のファンドやベンチャーキャピタルが投資することもあり得ると思いませんか。

それなのに日本で高齢化問題に対するスタートアップが立ち上がらないのは、規制の問題もあるでしょうが、既得権益を守るために新参者をブロックしようという考え方があるからでしょう。そんなことをしている間に、高齢化社会はどんどん進んでいきます。

規制や既得権益に立ち向かい、リープフロッグを起こすようなスタートアップが出てくることを期待したいですよね。

お手本はインドのジュガードの精神

こんな例え話があります。

日本人は屋根から水が漏れてきたら、まず原因を調べる。半日かけてパイプをきちんと直し「これでもう二度と水は漏れません」と言う。インド人は、とりあえず段ボールをベタッと張ってガムテープをビビッと貼って「ほら漏れてないでしょ」と言う。

それを見て日本人はあっけにとられるんですが。どちらが問題をスピーディーに解決しているのかは明らか、という例え話です。

この話にも象徴されていますが、インドにはジュガードの精神と言って、「ないならないなりでやろうぜ」という考え方があります。

都市のものを苦労して地方に持っていくのではなく、無い中でどうやってすぐ解決するか?というところに重きを置いてるから、DXでリープフロッグを一足飛びに出来てしまうのかもしれませんね。

リープフロッグを起こすためには、既存の枠組みや考え方をこえて「どうすれば最短距離で解決できるか」を考え抜くことが大事ですし、世界のスタートアップは皆、真摯にその課題に向き合っていると思います。

[後編の記事はこちら]

プロフィール

蛯原健(えびはら・たけし)氏

シンガポール在住 東南アジア・インド特化ベンチャーキャピタル
リブライトパートナーズ 代表パートナー
日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)

1994年 横浜国立大学 経済卒、㈱ジャフコに入社。以来20年以上にわたり一貫しスタートアップの投資及び経営に携わる。2008年 独立系ベンチャーキャピタルとしてリブライトパートナーズ㈱を創業。
2013年 シンガポールに事業拠点を移し東南アジア投資を開始。2014年 バンガロールに常設チームを設置しインド投資を本格開始。近著: 『テクノロジー思考』ダイヤモンド社 https://t.co/8MraU0VhLQ 

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