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前回までの議論で、ビジネスにおいて「考える」ことについて、テーマの周辺の何もないところで差別化要素を見つけることの重要性に触れ、それは「気づく」ぐらいの感覚であり、自分自身へ能動的に問いかけるような思考動作を習慣化させることが必要であると述べてきた。
そして、考えることにおいて、経験の浅いコンサルタント・ビジネスパーソンが見落としがちな観点として、(1)分ける、(2)疑う、(3)他人の立場で、(4)で、どうするのか、の4つを指摘した。これら4つの観点は、ビジネス本や研修でも取り上げられ目新しいものではないが、にもかかわらず、実際にはできていない人が多い。
それは、例えば「この概念を分けて(分解して)みろ」という問題が与えられればできるものの、現実のビジネスにおいて、誰にも何も言われない状況下で、「この概念を分けてみよう」と気づくことができないからである。これまでのビジネス教育では前者は鍛えられるが、実際には後者がクリティカルである。
この気づく力を上げるには、日常的にこれらの観点で自らに問いかける思考習慣が必要であろうことを議論してきた。
思考習慣を作るには、「最初は意識して考える→無意識で考えられるようになる」というプロセスが基本だろう。第1回で述べたように、私自身は、約30年前の経営コンサルティング会社の環境にしがみついているうちに、自然にそうなっただけだ。渦中にいた当時はもちろん思考習慣を作るという発想すらなかった。
ところが、今日では当時のような環境は期待できない。圧倒的な情報流通量と問題解決のパッケージ化による均質化圧力を受け、判断・処理のスピード化が進む中で、自然に任せていたら、意識して考える機会さえ見失い、流されかねない。覚悟と意図をもって、そして賢く思考習慣の確立をマネージしていくべきだろう。
そのために若いコンサルタントやビジネスパーソンが何を踏まえるべきか。最終回となる今回は、思考習慣を確立するために重要な論点を3つ挙げる。
思考習慣の確立のための論点:(1)量・経験・時間
「考える技術」というタイトルである以上、安易に「たくさん考えろ」といった量に頼る話はすべきでないと承知しつつ、この論点は避けることはできない。
ここでは、A. ひとつのテーマへの取り組みについて、B. 長期の取り組みについて、の2つに分けて議論する。
A.ひとつのテーマへの取り組みについて
コンサルタントであれば担当するプロジェクト、一般のビジネスパーソンであれば担当する検討課題等、数日~数十日程度で取り組むひとつのテーマに関して、考える量について何が言えるか。私のコンサルティング会社での経験において、客観的に振り返ると以下のようになる(ここで、考える量とは仕事をする時間とは異なる。測定できるものではなく、あくまで感覚値である)。
- 考えることで成果を出す人は、考える量が多い傾向はある(ただし、例外も多く、相関性は高いとまでは言えない)。
- 考える量が多くなくても成果を出す人は、主に経験量のある人である。経験量が同程度であれば、考える量と成果の相関性は高い。
- 考えることで成果を出す人は、よく「ギリギリまで考えた」といった表現を使い、自分としての最大限の量で考えた(あるいは過去にそういう経験がある)と認識する人が多い
以上を前提にすると、若いコンサルタント・ビジネスパーソンは、まずは、自分として最大限の量で考えたと言える経験をもつことだろう。
自分なりにいくつかの実体験から「最大限」の感覚をつかみ、その後に遭遇するテーマに対処するための、自分としての量を確立すべきだろう。自分なりのワークライフバランスの価値観を築くに当たっても、このような経験は重要になる。
B.長期の取り組みについて
考えることにおいて、経験効果は確実にある。
コンサルティング会社では素質や地頭の側面に目が行きがちだが、実は、続ける意思のある人は着実に成長する。どんなに優秀な新人でも、うまく考えられるようになる(例えばマネージャーレベルになる)には3年程度はかかるし、(辞めずに)真面目に10年続ければ、ほとんどの人はそのレベルになれる。このあたりは、スポーツ・楽器・語学の習得時と大きな違いはない。
経験による効果とは、①自分なりの方法論・思考習慣を確立し洗練させられる習熟効果と、②類似状況にて活用可能な事例保有量が増える蓄積効果、この2つだろう。
そして、この経験効果の原理から導かれる示唆はシンプルである。「量」と「時間(期間)」の重要性だ(累積経験量 = 量/単位時間 × 期間)。
このような理解に立つと、若いコンサルタント・ビジネスパーソンにとって重要なことが見えてくる。自分の成長について数年レベルの長期的な時間軸をもつこと、そして毎日のちょっとした思考経験を大事にすることだ。スポーツ・楽器・語学の習得と同様で、1日30分の練習の成果は見えづらいが、3年続ければそれなりのレベルになっている。
具体的には、この連載で述べてきたように、検討する問題の周辺の一見何もない(と普通の人が感じる)領域に目を向け、差別化要素に気づくために自分に問いかけることから始めればいい。
「分けてみる」「疑ってみる」「他人の立場で」「で、どうするのか」の4つの観点で自分自身に問いかけ続ける。
最初は意識的に行い、無意識にできるようになるまで続け、思考習慣を築くというものだ。これは一定の期間を要する。そのつもりで臨むべきことだ。
コンサルタント向けに「考える力」の研修を行うと、最近では、受講者が「すぐに使えるもの」を欲していると感じる。国内のビジネススクールのディレクターにその話をすると「最近の生徒がビジネスシンキング系の授業に求めるものは、即効性とツールです」と同意する。「フレームワークを使うとパッと答えが出るといった誤解が多いので、注意している」と付け加える。
この連載「考える技術」にも、外資系コンサルティングファームで使うツール等の紹介を期待された読者もいるかもしれないが、残念ながらそういったものはない。
これまでビジネス教育に関して「考える力は地頭によって決まる。あとは使えるツール・手法論をたくさんインストールするだけだ」といったパラダイムが広まってきた気がする。その背景には「売りやすさ・教えやすさ」といった本を書く側・教える側の要因もあるだろう。しかし、考えることでの本質的な差別化を図るならば、思考習慣の基盤を築き拡げることが大事であり、若いコンサルタントやビジネスパーソンには、長期で地道な取り組みを大切にして欲しいと思う。
そして、数年かけて取り組む前提では、日々のちょっとしたことが数年分の掛け算として効いてくる。以下に示す(2)マインド、(3)環境・状態はこの意味合いとして重要な議論である。
思考習慣の確立のための論点:(2)マインド
A.動機づけ
常時多くの能動的思考(問いかけ)を促すべく、自ら動機付けを行うことを考えるべきであろう。
ここでの動機とは、「〇〇したい」といった希望・願望だけでなく、「〇〇せねばならない」という義務感・必要性も含むものだ。「経営者になりたい」「一流のコンサルタントになりたい」といった長期の夢やビジョンがあれば考える動機となるだろう。「顧客を喜ばせたい」「同僚に負けたくない」「会議でほめられたい」といった短期的なものでもよい。
こういった強い動機をもっていない人にとっては、自分の行動を直接的にコントロールする現実的な行動目標やルールを設定することが有効だろう。私の場合は、新卒で入社してからしばらくの間、「人と違うことを言う」「会議などの場では自分が一番多く仮説を出す」と決めていた。そのルール設定があったから、会議の前日の夜は「明日会議で何を話そうか」とアイデアを出していた。
また当時、先輩コンサルタントから「どんな優秀な顧客と向き合っても、絶対自分の方が(考えることについて)上だと思えよ」というアドバイスをもらった。今の時代では暴論とも思えるが、「絶対に顧客よりも良い仮説を考えられるはずだ、考えなければいけない」と自分を追い込み、考える動機になったのは確かだと思う。自らの動機付けを戦略的にマネージしていくことを考えるべきであろう。
B.楽しさ
築くべき思考習慣とは、何もないところで「分けられないか」「本当か」・・・とあれこれ自分に問いかけをする思考だ。それが自然と湧いてきたり派生的に広がったりするために、楽しさの要素は非常に重要だ。
従って、今現在仕事のことを考えることが楽しいという人は有利だろう。そうでない人は、何か小さくてもよいので、自分なりの考えを付加することに楽しみを見出せないだろうか。
私の場合、例えば、いつもの定型報告書の表紙タイトルをちょっと変えてみた、といったことに小さな楽しみを感じていた。仕事が面白くないとしても、それを少しでも工夫し変えることに楽しみを見出せるようになれないかと思う。
思考習慣の確立のための論点:(3)環境・状態
考えることを自分の生活のうち、どのような時間・場所・状態で行うか、自分なりの最適パターンを模索し、うまく活用することも有効だ。
ビジネス以外の分野、研究者・哲学者・作家などの思考技術の本には、「散歩中に考える」「入浴中によいアイデアを思いつく」といったことを成功の鍵に挙げる人も多い。
このような話は、まともなビジネス書や研修で扱われることはあまりないが、思考習慣の確立にとっては馬鹿にできない。私自身が、若いコンサルタントやビジネスパーソンと、考えることについて何が違うかを思い巡らせると、上位に来る論点のひとつだ。
例えば私の場合、起床後のベッドの上、5-10分程度でよく考えていた。散歩中に無意識に多様な問いかけやアイデアが広がることも多かった。このように、本当に頭が働いているときは通常時の10倍以上の生産性の違いがある感覚がある。
現在のビジネス環境では、オフィス内でのスケジュールが分単位で管理され、それをこなすことに追われがちだ。そのような環境で自由に伸びやかに考える時間をどう確保するかも重要になってくる。
私の場合は、会議やメール処理等の時間を除いた「空いた時間で考える」ことに限ると、考える成果の7割以上はオフィス外であったと思う。
このあたりは、他の人のやり方は見えにくく既に自分のスタイルをもっている人も多いだろうが、あらためて見直せないかということだ。
また、私自身が起床後に考えていたのは、4つの問いかけ以外にも「今日の仕事の優先順位は?」や「自分が抱えている仕事の最大のリスクは?」等、具体的なことが多かった。
このような5分を自分の生活に導入するかどうかは、思考習慣の確立を大きく左右すると思う。1時間2時間考えろというと気が重くなるかもしれないが、最も生産性の高い5分10分を工夫し付加できないかということだ。
考える力の成長に向けて
以上4回にわたり、考える力を高めるために築くべき思考習慣と、それを確立するための論点を示してきた。
議論の中でスポーツ・楽器・語学との類似性に触れた通り、考えることにおいて、他分野の能力開発と違わないことも多い。今回議論してきた、「ひとつのテーマに全力であたる経験をもつこと」、「長期的に着実に進める覚悟と精神力が必要であること」はその類だ。
自分への動機付けや環境・状態にも気を使うことは、スポーツ科学でも普通に議論されることだ。一般的能力開発として、特殊な論点ではない。むしろ「即効性とツール」への過剰な期待は、ビジネスで考えることに特に強い風潮である気がする。いったんパラダイムを変え、今回挙げた基本的な論点において自らの考える力の成長を捉え直してみて欲しい。
考えることがスポーツ他と違う点のひとつは、通常生活との峻別がつきにくく、例えば「練習する」といった概念を持ちにくいことだ。自分でも今日何時間練習したかがわからないし、練習計画も立てにくい。通常生活に溶け込み、マネージしにくいのだ。
そのため、相当意識的に言葉にしたり目に見えやすい形にして工夫して対処することが重要になる。この連載においても、「気づく」「問いかける」「4つの観点」と言葉にしてきたのは、その意味合いだ。
こういったチャレンジを進めるに当たり、この連載が何らかのヒントときっかけを与えられれば幸いである。
プロフィール
本コラムの著者
細田 和典(ほそだ かずのり)氏
東京大学工学部、同大学院卒業後、株式会社コーポレイト ディレクション、ブーズ・アンド・カンパニー(現PwCコンサルティング合同会社)にて25年以上にわたり経営コンサルティングを経験。 その後、原子力損害賠償・廃炉等支援機構参与、プライスウォーターハウスクーパース株式会社顧問を務めた。株式会社プロレド・パートナーズ監査役。
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