「クリエイティブ思考」のはじめ方【前編】

デザイン思考とは、デザイナーの思考方法を利用し、ビジネスにおいて新しい価値を生み出そうという考え方です。クリエイティブな発想は、論理的思考からは生まれないですよね。

こういった思考は時代の先端ともいわれている思考方法ですが、約20年前にミュージシャンからコンサルタントへ転身した私は、今考えてみれば、デザイン思考なんて言葉もなかった当時からデザイン思考を実行していました。

さらにはアーティストの感覚で自らが行っていったのが「クリエイティブ思考」です。クリエイティブ思考の中にデザイン思考は存在しています。

ここでは、私が提唱するクリエイティブ思考の実践方法を、ひとつのサンプルとしてお話します。

アートの価値

アートにおける価値とは一体何でしょうか。分かりやすく例えると、小さなライブハウスで歌っている無名のアーティストは、ドームを満員にすれば幸せなんでしょうか。

価値として考えられるひとつには、人から「共感」されることに価値があり幸せを感じるのではないでしょうか。聴いた曲に感じ合うものがあり「この曲良いな」とアーティストと共感し、ライブに参加した人と一体感を感じて共感する、そして「誰かにも聴いてもらいたい」と思って、家族や友人にそれを話して多くの人と共感するのが楽しいんですよね。

アートは「共感の楽しさ」に価値があるといえます。共感できることは、人間にとって安心感だけではなく嬉しいことなのです。

ピカソの絵なんかそうですが、アートには一見すると子供が描いたような絵画に、何十億と価値がつくものもありますよね。「孫が描いてる絵と似たようなもの」と感じて「アートはさっぱりわからない」という人もいるでしょう。これは一体どういうことでしょうか。

ピカソの絵に感動する人は、深くピカソに共感している人です。ピカソに共感している人とは、ピカソについてよく知り、絵の背景やその意味を理解している人です。歴史や時代背景、アーティストの人生を通して、アートを深く見ることの面白さを知っている人でしょう。

アートには「深く見ることでしか得られない作者との共感」があります。アートに共感するには、歴史を学び、作者がそれを描いた背景を知った上で作品に触れることです。

素晴らしいアートには人生のいろんなものが見え隠れします。「自分にもその気持ちがわかる!」と、心からアーティストと「共感」すると、もうその作品が愛しいと思えるほど自分の人生観に深く関わるので、価値を感じるのです。

ビジネスなら小難しく書けばそれっぽく見せることはできますが、アートの場合深さがなければ価値がつきません。この「深く知ることの面白さ」こそがアートから学ぶべきことで、クリエイティブ思考の本質だと思います。成功しているビジネスは、アートと同じく深いのです。

クリエイティブ思考と聞くと、奇抜な考え方をするとか、クリエイターやアーティストにしかできない考え方だと思われがちですが、クリエイティブ思考はアートのエッセンスの中からビジネスで活用するための考え方を体系化したものです。デザイン思考を学ぶことは、あくまでビジネスの視点であって、デザイン思考を学んでもデザイナーにはなれません。さらには、いくら美術館に浸ってもクリエイティブ思考は学べないんですね。

相手と「共感」できることの価値と「深さ」の価値を知るには、アートは最高のコンテンツです。アーティストはそれが身体に叩き込まれているだけで、そのマインドセットはアートを楽しむ過程で誰にでも獲得できるものです。

クリエイティブ思考の具体的な方法

アートの価値が「共感」と「深さ」にあるとするなら、クリエイティブ思考とは、ビジネスにおいても「共感」と「深さ」を追求する中で、 事業の新たな価値を創造しようとする考え方であるといえるでしょう。

私が実践してきたクリエイティブ思考も、一言でいうと「“共感”によって生まれる発想を、意識を超えた理論を用いて“深く”考え抜くこと」になります。クリエイティブ思考をはじめるにあたり、ポイントになるのは以下の3つです。

  1. まずはクリエイティブに、深く考え抜く
  2. 共感がクリエイティブを生む
  3. 理論を深く勉強し、理論を意識しないくらいに身体に教え込む

1.まずはクリエイティブに、深く考え抜く

本来、クリエイティブは、理論以前に考え抜かれているものです。クリエイティブ思考をするために、まず思考のフレームとは何かを学ぼうとする人もいますが、それは見当違いです。

例えば、音楽理論のもとになっているのは、過去のアーティストたちが生み出してきたクリエイティブな音楽なのです。私の通っていたボストンのバークリー音楽院は、初めて近代音楽を論理体系化した学校で、 非常に革命的でした。それまで一部の天才だけが弾いていたジャンルでも、教育プログラムを作り上げたのです。

そこではジャズネイティブ(子供のころからジャズを弾いて育った人)にしか弾けなかったジャズ、ビートルズに始まるポップスでも、クラシックのように歴史や理論が学べます。ロックの授業でも、天才ギタリストが感覚的に弾いていた音を全てメカニカルに分析し、数学的に解析された弦の抑え方、弾き方を教えます。すると誰でもその音が出せます。

「理論」とは、説明するのが難しいものを、誰でも理解できるよう論理的に体系化したものなのですね。実はコンサルタントがよく使う「ビジネスフレームワーク」も、いろんなお客さんの事例を組み合わせてできています。

理論を学ぶのはすごく大事です。理論をかみ砕いて再構築し、新たに生まれるものもあるでしょう。しかし、あくまで「クリエイティブ思考」を実践したいなら、最初にクリエイティブに考え抜くことが必須です。

2.共感がクリエイティブを生む

クリエイターでないビジネスマンがクリエイティブに考え抜こうとするなら、誰かと「共感」することが一番です。誰かと会って、お互いが楽しくて、元気になって、やる気になると、クリエイティブな発想が生まれてきます。

GAFAの最先端のオフィスにも従来のような会議室なんてなくて、コミュニケーションが自然に発生するような環境の工夫がされていますよね。

皆さんも、気の合う人との気軽なコミュニケーションの中で次々発想が湧き出す場面を想像できると思います。発想法ばかり考えて「この人の考え方は嫌いだけど、クリエイティブな発想をもっているから・・・」というコラボレーションでは、クリエイティブなんて生まれないでしょう。

年齢を重ねてもモチベーションが高い、素晴らしい経営者を、コンサルタント時代にたくさん見てきましたが、共通して言えるのは、人から学びたいという気持ちが強くて、積極的に人に会いに行っているということです。

おそらく相手の方から会いたい、教えてほしいと頼まれる機会も多いはずですが、それを待たずに、自らコミュニケーションをとりに行く姿勢があります。そのような素晴らしい経営者には、会った相手も心を動かされ、モチベーションが上がる感覚があります。

共感とは、自分に刺激があって、発想が生まれる、互いに良さを引き出す関係です。これはコラボレーションの基本です。

そのように常に誰かと共感し、発想が起き続けるサイクルがあれば、モチベーションを高く保てるでしょう。クリエイティブに考え抜くには、共感し合える環境を作ればよいのです。

その具体的な方法は、後編でお話します。

3.理論を深く勉強し、理論を意識しないくらいに身体に教え込む

私の考えるクリエイティブ思考では、最後にクリエイティブな発想を「理論」に当てはめていきます。しかし、これが浅いと全然効果がありません。

クリエイティブなものを誰でも納得できるよう説明するには、自身が理論を正しく深く習得していなければならないのです。

私はミュージシャンからコンサルタントへ転職したとき「ビジネスフレームワーク」を誰よりも勉強しました。原書を何冊も読み、フレームワークを考案した人へも直接「その背景はどうなっているのか」とか「そもそもの仕組み」を聞いて回りました。

フレームワークを作った人や、それを改善した人へ意見を聞くと、とても納得する意味付けがされているんですよね。やはりフレームワークはよく考え抜かれて出来ているとわかりました。

理論は、流れがあり、表面的にわかりやすいがゆえに、浅くとらえて全て分かったと誤解しがちですが、一度頑張って歴史や背景まで深く勉強し、深くまでとらえれば、使いどころが良くわかるようになります。

私の場合、深くまで理解したフレームワークを、クリエイティブに考え抜いた自分の発想と組み合わせると非常に合致しました。論理的思考とクリエイティブは相容れないものと思われがちですが、考え抜かれたもの同士はコラボレーションできるというのが私の結論です。

理論は全て学ぼうとすると苦労しますが、結局積み重ねになっていきますので最初だけ頑張れば大丈夫です。

学ぶときのテクニックとして、自分が特に「理解できない」と思った部分を深堀りすると、面白い発見にたどり着けると思います。また、一人の作者について何冊か本を読むのであれば、初期の頃の本から全ての作品を読むのも効率的です。原作者の人となりも分かって、言いたいことを予測もできるようにもなるので、その後の本を理解するのが早くなります。

以上のように、共感から生まれるクリエイティブな発想を考え抜き、誰でも納得できる「理論」に落とし込んで説明していくのが私のクリエイティブ思考です。

そして、クリエイティブ思考は、そのすべての過程で深く考え抜いてこそ意味があります。理論を深く学び、そもそも自分のクリエイティビティが考え抜かれていなければ成り立たないものなのです。

後編はクリエイティブ思考をするうえで非常に大切になる「共感」のマインドと具体的な方法について詳しくお話します。

[後編の記事はこちら]

プロフィール

青山学院大学 地球社会共生学部 教授

松永 エリック・匡史(まつながえりっく・まさのぶ) 氏

松永エリック・匡史氏

青山学院大学大学院修士課程修了。15歳からプロミュージシャンとして活動。SEを経て、コンサル業界に。アクセンチュア、野村総合研究所、日本IBM、デロイトトーマツコンサルティング メディアセクターAPAC統括パートナー・執行役員、PwCコンサルティング デジタルサービス日本統括パートナーを経て、2019年より現職。

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