多くの人が考えすぎる。このサイトの「Think Out(考え抜く)」というテーマに反するように思えるかもしれないが、アイデアを出そうとするとき、実は、適度にアホになることが欠かせない。その「アホの効用」について紹介したい。
海外のとあるコンサルティング会社でのエピソードである。問題を解決するための方法を、もう長い時間、議論し続けているのだけれども、一向に解決の糸口が見えない。考え続けるとお腹もすく。注文したピザが届いたときに、ふとそのピザの配達人に「どうしたらいいと思う?」と冗談半分に尋ねたという。
「どうして、それが問題なんですか?」
ピザの配達人のその素朴な質問で、その場にいたメンバーがハッと目を覚ました。それまで問題だと思っていたその事象が、もしかしたら問題の本質ではないのかもしれない。堂々巡りしていた議論は、そもそもの問題設定が間違っていたのである。
その後、ピザ屋に電話をして、その配達人をしばらく打ち合わせに参加させる許可をもらい、その専門領域について知らない人物の関わりの中から、創造的な問題解決にたどり着いた。
コンセプトクリエイターとして、さまざまな事業や商品のコンセプトを考える中で、この「ピザの配達人」にはしょっちゅう助けられる。そのことについて知らない素人が、「そもそも、なぜ」と問う。この重要性を、人工知能・ロボット工学の権威、金出武雄教授は、「素人のように考え、玄人として実行する」と表現している。玄人になればなるほど、素人のように考えることが重要なのである。
フレーム問題は人間にも当てはまる
人工知能を開発する上での大きな課題と言われているもののなかに、フレーム問題というものがある。無限の可能性が広がると、AIは対処することができないという問題を指す言葉だ。
現実の世界ではさまざまなことが起こりうる。その無限の可能性に対して、人間は自然と、関連性が高く可能性の高いできごとを適当に選んで、考慮する。ところがAIの場合、そうした関連性のあるできごとだけを適当に選ぶということが、なかなかできない。与えられた枠組み(フレーム)のなかだけで思考して失敗するか、もしくは無限の可能性の中で立ち尽くしてしまうのである。
だから、AIはチェスや将棋のようにルールが決まっている閉塞したフレームのなかでの思考は得意とするが、日常生活の他愛もないやりとりといった開かれた空間では、とたんにボロを出してしまう。
こうしたフレーム問題は、実は人にも起こりうる。ガラパゴス携帯と呼ばれた日本の携帯電話が達成した折りたたみ機構やワンセグチューナー、おサイフケータイなどの目を見張るような「進化」は、日本国内という特殊状況での閉鎖系のなかでの進化であり、大画面のタッチパネル操作というiPhoneを開発することがついぞできなかった。人もまた、既存のフレームにとらわれてしまうのである。
フレームを外すための作法
どうしたらフレームを外すことができるのか。どうしたら無限の可能性に立ちすくむことなく、新しい枠組みで考えることができるのだろうか。実は日本にはそのための伝統的なメソッドがある。それが座禅である。
座禅の修行のなかで行われる禅問答は、たとえば両手を叩いたときに「右手が鳴ったのか、左手が鳴ったのか」と問うような、荒唐無稽なものが多い。「両手が鳴った」としか言いようがないのに、「どちらか」と問う。これに答えるには、既存のフレームを一旦捨てなければならない。禅問答の目的のひとつは、フレームの組み換えである。
座禅そのものも、フレームに関わっている。座禅を組む目的のひとつは、日常の中でパターン化された思考を取り除くことにある。
座禅を組んでいると、自分ではコントロールできない雑念が頭の中をめぐる。それを追い払ったり、執着したりすることなく、あるがままに放置する。頭の中から追い出そうとすればするほど、雑念は強くなるからだ。そうして、雑念のない状態、事前のフレームがない状態になることによって、ものごとをそのままに受け止める。こうなって初めて、普段意識していない無意識にアクセスできるようになる。
よく、「アイデアが降ってくる」と言われたりする。着想はいつやってくるかわからない、つまり自分の意識でコントロールできない現象である。やってくると言っても、実際には外からではなく、自分の頭の中、すなわち無意識の領域からやってくる。ということは、意識ではなく、無意識をこそ、コントロールする必要があるのである。
こうした無意識のコントロールというのは、戦国時代においては生死を分ける重要な要素であった。ちょっと迷った瞬間に切られてしまう戦場においては、意識して動くのでは遅い。無意識のうちに反応するスピードが求められた。また、相手の間合いというフレームに収まってしまうと、その術中にハマることとなる。相手のフレームを感じ取って間合いを外したりということも、また重要である。
そのため、この禅のメソッドは、さまざまな武道へと展開された。また、茶道や華道、能楽などの芸術や芸能の分野にも展開された。私自身、能楽を嗜んでいるが、その根底に、無意識をコントロールする禅の精神を感じる。
無意識との対話
さて、ここまでの議論を振り返ってみよう。冒頭のピザの配達人の問いは、議論に参加していたメンバーにとって、既存のフレームを書き換えるような問いであった。いわば禅問答のようなものであった。そうした問いが無意識の扉を開き、そこから着想を呼び込むというのが、アイデア発想の原理である。
そのためには、固定されたフレームの中で考えすぎることは禁物である。そうではなく、自分が考えているフレームそのものを疑い、「そもそも、なぜ?」という禅問答を自分に問いかけることが重要である。
具体的なテクニックとしては、煮詰まった会議ではピザの配達人のような第三者にコメントをもらったり、一度コーヒーブレイクやトイレ休憩を入れる、体を動かすようなエクササイズを取り入れて気分をリフレッシュするなどの方法がある。それは単なる気分転換ではなく、頭でっかちになっているメンバーの無意識を活性化させるという目的を意識しながら行うとよいだろう。
ブルース・リーの有名なセリフ、「Don’t think. Feel」は、まさに生死を分ける武道における無意識との対話であった。そしてこれは、ビジネスの場面でもまた有効なのである。
プロフィール
本コラムの著者
小山龍介(こやま・りゅうすけ)氏
株式会社ブルームコンセプト 代表取締役/名古屋商科大学ビジネススクール 准教授。京都大学卒業。大手広告代理店勤務を経て、MBAを取得。卒業後、松竹で歌舞伎をテーマに広告メディア事業、松竹芸能で動画事業を立ち上げる。2010年、株式会社ブルームコンセプト設立。2018年、MFA(芸術学修士)取得。著書に『IDEA HACKS!』などのハックシリーズ。訳書に『ビジネスモデル・ジェネレーション』。
-
前の記事を読む武器としての図解力
関連記事
ロジカル思考の限界(前編)