多くの人が、より良い解決策を見つけたり、より良いアイデアを生み出したいと考えていると思います。できればそれを短時間で効果効率的におこなおうとするはずですよね。
そのためには「深く考える」ことが大事になるはずですが、これがなかなか難しい。私は、「考える」というプロセスそのものがまだまだ未解明(脳科学的にも?)だと感じているので、「深く考えること」それ自体について答えを出すことはほぼ誰にもできないのではないかと思っています。
その一方で、「深く考える」ために役立つ視点や方法論はあるような気がします。それらは、おそらく主張する人によって異なるかもしれませんが、経験に裏付けられたものであれば、それぞれに一理あるはずです。私の場合は、自分の経験から、その方法論の一つに「図で考える」があると考えています。
思考力が高まる図の効用
私はコンサルティングファームで、たくさんの優秀なコンサルタントに接してきました。また、若い頃にはMBA留学したこともあり、そこには私なんかより何倍も頭のいい人たちがたくさんいました。そして、私から見て「あの人はよく考えている」「思考がシャープだ」と思うような人、つまり、頭のいい人たちは、よくホワイトボードの前に立ち、「図」を使って大事なことをうまく表現し、巧みに議論を整理しながら本質的な答えを導き出していたのです。
つまり図を使って、ホワイトボード全体を思考のキャンバスにしていました。
では、なぜ図を使うと、より深く、より効果効率的に考えられるのでしょうか。それには大きく3つの理由があります。
- 枝葉末節がそぎ落とされ本質がクリアになる
- ビッグ・ピクチャーを得られる
- 思考の「見える化」ができる
少し具体的に説明すると、たとえば、どこか待ち合わせの場所に行く際に、航空写真を渡されても困りますよね。案内図が必要なはずです。問題の理由は明白で、航空写真には情報が多すぎるのです。情報は多ければ多いほど良いというものではありません。
大切なことは、大事なものがハッキリと見えていることなのです。しかも、それが今いるところ(あるいは起点となる場所)から目的地までを含んでいなければなりません。つまり全体像が大切です。
考えるときも同じです。一枚の紙(あるいはホワイトボード)に問題に関連する事柄を書き出して、囲んだり、つないだり。そうすることによって問題や論理の全体像が明らかになってきます。そのプロセスが思考の幅を広げ、深めてくれる。さらには、その紙に書き留められた思考はいつでも見れるので、それを眺めながら、粘ちっこく考えることも可能です。
たとえ実際に目で見ることができなくても(お風呂の中とかトイレの中でも)、図はイメージしやすいので、頭の片隅で「反芻」することができます。図とは「紙一枚に描かれる線や丸や四角と言葉で表現される全体像のイメージ」であり、思考の土台なのです。
思考を深める図の描き方
基本的に、「図を描くこと」は「考えるプロセス」そのものです。図との対話によって考えを広げ、深めるのが「図を描くこと」の目的です。決して完成させることが目的ではなく、図を拙速に仕上げること自体に意味はありません。図を完成させることに意識が向き過ぎると、図から学べなくなります(それゆえ、資料作成に意識が向いてしまうパワーポイントは避けた方がいいのです)。
図はじっくりと寝かすほうがいい(ワインのように)。未完成の図を宙ぶらりんにする居心地の悪さに耐えながら、頭の中でイメージを反復し、発想が湧くのを待つ。これが「図を描いて考える」、あるべき姿だと思います。
もちろん、真っ白な紙の上からスタートするのですから、何を考えるべきかも含めて考えなければなりません。これは、「本当の問題は何か」を考える問題設定の課題であり、100%正解のない問題に対して答えを出していくということでもあります。こんな能力はなかなか受験勉強では鍛えられません(だから、高学歴の人と、「深く考えている」人の間の相関は必ずしも高くないのです)。
つまり「図で考える」は、現象から大事なものを切り出す「抽象化」のプロセスなのです。描くべきは「ポンチ絵」です。そうすることでアナロジーが働き、問題解決の自由度も増すことになります。
図を描く際に参考になる指針は以下の通りです。(ちなみに、何のことか分からない…と思いますが、以前、私が同僚との議論の際に描いた「ポンチ絵」です(図1))
図1_「ポンチ絵」
1.複雑な図形は使わない。四角と丸で十分。私は大まかには、四角は事実などの事柄、丸には概念やキーワードを書く時に使うことが多いです。
2.文字は少なめ、短め。イメージとして理解するために、読む必要のある長い文章ではなく、短めの言葉が良いです。
3.線を使って関係性を理解する。線を使って「つなぐ」「囲む」「分ける」ことで、構造や因果、抽象化が可能になります。
4.大事なところを強調する。太く囲む、色を使う、☆のマークを付ける、数字を振る、などを行うことによって、全体像の中の鍵になるものが浮かび上がってきます。
5.周りに余白を残しながら描く。最初から全体像を見通せることは少ないので、後で使えるように余白を残しておくのが良い。また余白を睨むことは新たなアイデアを強制抽出することにもつながります。
ただ、そうは言っても何かヒントは欲しいものです。そんな時には、参考になるような「型」を手掛かりにするのもありです。大きく4種類あるのですが、それらは、①ピラミッド、②田の字(マトリックス)、③矢バネ、④ループです(図2)。
ピラミッドは、MECE(モレなくダブりなく:Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)に、そしてロジカルに考える際に威力を発揮します。
田の字は、大事なことを切り取り、思考の整理をするのに役立ちます。優先順位を明らかにするのにも役立ちます。
矢バネは物事を「動的」に捉えることに適しています。それを、Fix(矢バネのどれかを直す)・ Balance(矢バネの間を調整する)・Re-organize(矢バネの統合や削除、逆転などの再構築)といった視点で眺めると新しいアイデアが湧いてきたりするものです。
ループは、関係性に着目し、現象の裏側にある構造と因果を読み解くのに適しています。
図2_4種類の型
図3_3Cのフレームワーク
また、経営学で紹介されるようなフレームワークも役に立ちます。
しかしながら、フレームワークにそって情報を整理してくださいと言っている訳ではありません。フレームワークはあくまで考える視点であって、それらを思考の切り口に活用しよう、ということです。
たとえば、新規事業を評価するために考えるべき大事なことは3つあります、と優れた(?)コンサルタントが言ったとします。一つ目は、自社の差別化要因はあるか否か、二つ目は、顧客にとって十分な価値創造がおこなえているか、三つ目は、他社との激しい競争に打ち勝てるだろうか。おそらくその人の頭の中には3C(Company, Customer, Competitor)のようなイメージがあったのだと思います(図3)。
ビジネスへの図の応用
このようにフレームワークは考えを広げ・深めるために有効なのですが、決してフレームワークに使われてはなりません。フレームワークは使うものです。できれば、自分で直面する課題を解決するために、自分なりの独自のフレームワークを創れるくらいのほうが良いと思います。
以前、MBAの学生から「業界分析によく出てくる5Fは実際のビジネスでよく使われるのですか?」と質問を受けたことがありました。私は、「そのまま使うというより、考えるヒントであり、どうせなら独自の枠組みを創るかな…」と答えたものです。実際、5Fの2つの要素を用いて、事業ポートフォリオの枠組みだって創ることは可能だよ、と例示すると納得してくれました(図4)。
おそらく、こういったことが大事なのだと思います。ぜひ、考える力を強化するために、抽象化思考を可能にする「図」を活用してみてはいかがでしょうか。
図4_5Fを応用した事業ポートフォリオの枠組み
プロフィール
本コラムの著者
平井孝志(ひらい・たかし)氏
筑波大学大学院ビジネスサイエンス系教授。東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学MBA。早稲田大学より博士(学術)。ベイン アンド カンパニー、デル、スターバックス コーヒー ジャパン、ローランド・ベルガー等を経て現職。著書は『武器としての図で考える習慣:「抽象化思考」のレッスン』、『本質思考』(共に東洋経済新報社)他多数
-
次の記事を読むアイデアを出すには、考えるな―フレームを打ち破る手法
関連記事
ロジカル思考の限界(前編)